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2007年5月 9日 (水)

[テレビ演出」の基礎

57日、日大芸術学部で本年度第一回「テレビ演出論」の講義。1966年に萩元晴彦と共同演出した「あなたは…」を素材に、私がドラマからドキュメンタリーの世界へ移ったわけを話す。実はそこに「テレビは時間である」という仮説、「プロセスこそテレビ」、「他者との出会い」、「フィクションとノンフィクションのあいだ」など「テレビとはなにか?」を考える基本的な要素がつまっているのだ。毎年、素材にする5本の作品のひとつだ。

ちなみに5本とは、「あなたは…」のほか、是枝裕和作品、森達也作品、長嶋甲平作品、そして私の軍艦島など日本近代の廃墟を記録した「近代遺跡の旅」である。この5本で、テレビ演出の基礎構築の作業ができると私は確信しているのだ。あとは学生たちの飛翔力である。しかし、それにしても、萩元も、構成の寺山修司も、音楽の武満徹も逝去。60年代を語れる人は少なくなったが、伝えるべきことは大きく、重い。武満のエッセイの一部を紹介しながらあらためてそのことを思う。

 帰路、池袋へ寄り、境真理子さん、砂川慶浩さんと久し振りの食事会。「あるある」お疲れ会ということでお二人のご好意に甘えてご馳走になる。ディープな韓国料理だった。立教大学の近くなので、服部孝章さんも顔を見せ、歓談。

58日、15時、近所の洋服屋で仮縫い。16時、テレビマンユニオンで重延浩氏と、1630分テレコムジャパン寺島高幸氏と会う。

 夜、北日本放送の金沢敏子さんからだいぶ前に送っていただき、見る機会をつくれないでいたドキュメンタリー「一枚の写真が…」をようやく見た。横浜事件の発端とされた泊温泉(実は温泉はなかった)事件の丹念な発掘作業である。貴重な収穫だった。

 実は横浜事件については、大きな思い出がある。事件からほぼ20年後の1965年、TBSで私が担当した連続ドラマ「陽のあたる坂道」のなかで、脚本の山田正弘さんと組んで、原作にはない「横浜事件」を取り入れたのだ。大正14年の治安維持法制定以降、最大の思想・言論弾圧事件である。いまなお、再審請求が遺族や支援者の手で進められているが、日本の司法は3度にわたって「控訴棄却」「裁判打ち切り」と再審を拒否してきた。泊事件のとき、地元の関係者たちが必死に特高に抵抗した事実をこの番組ではじめて知って感動した。

 私と山田正弘(既に故人となり、二度とこのことを語り合える人はいなくなってしまった)の試みは、あとで私個人にとっては人生を変えるような重大な結果となるのだが、長くなるの他日にゆっくり書きたい。

59日、「エイジング」誌の原稿と、「放送文化基金賞の選考記、主演女優賞の贈賞理由などの原稿をやっと送り、「地方の時代」映像祭まとめ記録の原稿と「月刊民放」原稿15枚にとりかかる。金沢さんの「一枚の写真が…」はギャラクシー賞に入賞していたのをパーティの案内状で知った。他人事ながら嬉しかった。

 明日は大阪出張。関西テレビ本社の研修会で話をしなければならない。制作会社と放送局のことをというレクエストはあるのだが、なにをどう話すか、は結構難しい問題である。参考になるかと、4月3日の紛糾したといわれる「社員総会」の記録(ネットでひそかに手に入れたもの)を読む。

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