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2007年4月16日 (月)

「週刊フジテレビ批評」で音氏と対談

48日 夕方、近くの小学校へ行き、都知事と都議の

世田谷区

補選の投票。反石原の候補のうち、当選に一番近い人に入れたいと思っていたのだが、結果論で言えば誰に入れても同じだった。石原慎太郎の圧勝。10万票の差。大衆の怖さを改めて思う。

49日  15時からフジテレビの「週刊フジテレビ批評」のスタッフと打ち合わせ。音さんとの対談を頼まれていた。テレビマンユニオンの応接室へ、向坂、武田両キャスターをはじめディレクター、プロデューサーら5人。内容の打ち合わせ。

410日 1630分から放送人の会の「07放送人グランプリ」の選考委員会。千代田放送会館第三会議室で開催。会員からノミネートされた候補者は約40名。今年度の選考委員は、石井彰、河野尚行、中村芙美子、久野浩平、松本修の各氏、計5人全員出席して議論した。発表は27日の予定なので、議論の内容はまだ書けないが、ほぼ順当な結論だったと思う。19時過ぎ予定通り終了。

411  19時からテレビマンユニオンの新人選考プロジェクトの総括・打ちあげ。今年は「あるある」調査委と重なってしまい、結果的に中途半端な参加となってしまったが、お詫びをかねて出席、歓談に加わった。

412日 午後、東京国際大学へ行く。研究室の残りの私物を宅急便で自宅へ。途中、「地方の時代」映像祭事務局の金井さんと「まとめ」パンフの打ちあわせ。夕方、整理完了。庶務へ鍵を返して、この大学との関係を閉じた。専任教員として4年、非常勤講師として1年、計5年間もお世話になったことになる。開放感が強いのは何故だろうか。駅までぶらぶら歩いて帰る。

413日 1230分、迎えの車でフジテレビへ。音さんと簡単な打ち合わせの後スタジオ収録。スタジオには放送人の会の山田良明さんも顔をみせてくれた。14日早朝の放送。

 

414日 朝5時に起きて放送をチェック。終了後、再び寝床へ寝なおす。疲れがたまっていたせいか、開放感のせいか、結局一日中寝てしまぅた。

415日 午後、気を取り直してトゥデイ&トゥモロウの事務所へ。久し振りだったので、郵便物が溜まっていた。資料の整理を21時過ぎまで。

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コメント

教員というお仕事って、何もなくても学生のことや講義のことが頭のどこかにあるものです。知らず知らずに疲れています。5年間ご苦労様でした。そして、開放された感覚をゆっくりと楽しんでください。ウラヤマシイ!わたしは後10年頑張らねばなりません。厳しい時代をです。

投稿: こん | 2007年4月16日 (月) 09時55分

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