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2007年3月26日 (月)

放送法の問題3月25日 18時から関西テレビの「検証番組」のコメント収録。あまり気のりはしなかったのだが、報告書に「検証番組を速やかに」と書いた責任から協力することとした。

3月25日 18時から関西テレビの「検証番組」のコメント収録。あまり気のりはしなかったのだが、報告書に「検証番組を速やかに」と書いた責任から協力することとした。

駒澤大学のそばの貸し会議室の一室で収録。

朝日新聞からインタビュー原稿をFAXで受け取り、電話して一部修正してもらう。27日朝刊掲載予定とのこと。しかし、まだ改定の可能性あり、おそらくデスクの指示だろうが。

久し振りに、豪徳寺の寿司「一」でひとりゆっくり夕食。帰宅後、BSのモジリアニの番組を見る。そういえば、ダビンチの「受胎告知」を見に行かなければと思い出す。

「あるある」続き

(5)今回の議論の焦点のひとつは、関西テレビは放送法に違反したのか?という問題だった。この部分で最後の方の数日をかけた。

放送法はザル法といわれている。その欠陥の第一は放送とは「…電波を不特定多数へ発信すること」という定義。ここにはハード的視点はあっても「コミュニケーション」という概念が欠落している。「放送」はジャン・ダルシーが言うように人間の基本的人権のひとつである「コミュニケーションする権利」をもとにして構築されるべき社会的システムなのだ。このことが、放送の公共性を曖昧にしてきた理由のひとつである。「公共放送」の私物化を許してきたと言ってもよい。

 第二に、放送という社会的システムが放送事業者のみで構成されていた時代の産物であること。放送は現在では、制作事業、流通事業、放送事業の3事業者で構成されているのだが、その視点は欠落したままである。第三に、と挙げていけばきりがない。問題の根本は、放送を国民のコミュニケーションのためのツールと考える視点からの新たな立法が必要なのである。それを置いておいて、論ずるのはややしんどかった。しかも、「報道」の定義も「事実」の定義も、「まげること」の定義も定かでないところで議論しなければらないのだから。

 結論は報告書に書いた通りである。私も異議はまったくない。根本的な問題は留保しながら、ではあるが。

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コメント

村木さん、誠実ですね。ご自分の仕事に責任を持つ…、できそうでなかなかできません。食いしん坊のわたしは、豪徳寺の「一」が気になってしようがありません。

投稿: こん | 2007年3月26日 (月) 08時48分

答えやストーリーをあらかじめ用意して取材やインタビューをこなしてきた反省から、昨年からマーケティングのモデレーターを始めました。インタビュアーなのですが、時間をかけて深層心理をあぶりだす、消費者の本音と建前を時間をかけて聞き出す作業です。
なぜマーケティング?
と良く聞かれるので、その都度「予定調和な仕事ばかりをしてきた自分への戒めと、勉強のため」と答えています。
おかげでキャスター業の方でもいつも新鮮な気持ちで相手やニュースに向き合えるようになりました。
「あるある」の問題は取材者、送り手、受け手、、、みんなが考えるべきことだと思います。
お忙しいでしょうがブログ、楽しみにしています。

投稿: しらさわみき | 2007年3月27日 (火) 01時12分

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