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2007年3月25日 (日)

情報汚染jと<関係性>

3月24日、朝刊各紙を読んだ。順不同で、朝日、毎日、読売、東京、日経、産経の6紙。想像はしていたが、いまどきの新聞記者の取材レベルがよくわかった。それぞれの欠陥指摘をいずれ書きたい。明らかに報告書全文を読まずに批判している「識者」も散見された。

 16時、渋谷で朝日新聞の取材を受ける。いずれ近日中に掲載されるだろう。

19時、帰宅してサッカー、対ペルー戦テレビ中継を見る。中村俊輔、高原ら海外組みの活躍で2-0の勝利。

 久々に、記者たちの電話や委員会のメールの洪水から解放され、静かな時間が戻ってきた。何もする気が起きず、今日から始まったテレビマンユニオンの第三次試験も不参加とさせてもらった。

昨日の発表だから、いまだ総括する段階ではないが、私の個人的な感想を記したい。委員会で表明した意見ではあるが、あくまでも私個人の見解である。

(1)   この問題は、単純な「捏造事件」ではない。

多くの新聞報道のように「捏造事件」と近視眼的にとらえると、問題の所在を見誤る恐れがある。「捏造だ」「いや、捏造とまではいえない」という水掛け論に陥り、証拠の問題となり、結局は裁判で結着をつけるという不毛な結末となるだろう。

この事件は、捏造などが複合して生まれた「情報汚染」としてとらえるべきだと私は考えた。 

ある科学者はいみじくも言った。「『あるある』取材班は自分たちのストーリーを持っていて結論を言わせようとした。事件発覚後来た新聞記者は、捏造というストーリーを持っていて、その言葉を言わせようとした。私にとって、『あるある』取材班も新聞記者たちも求める言葉こそ正反対に違うだけで、あらかじめ結論を持っているという取材方法は同じだ」と。彼は具体的に社名も記者名も言ったのだがここでは書かない。

 調査のなかで私たちも、二つの捏造記事を発見している。そのひとつは、当事者へ取材もしていなかった。記者たちの「捏造件数」への異常な執着の背後には「事実信仰」があるのではないだろうか。「事実」とはなにか?事実は存在するのか?ロラン・バルトや先ごろ逝去したボードリヤールなどが提起したこの疑問が実存主義を吹き飛ばし、構造主義から脱構築へ至る現代思想を形成しはじめて40年になろうとしているのに、50年前の規範を背負ったままのこの国のジャーナリズムの現状である。

(2)   この事件は、ひとりの制作者が偶然起こした事件ではない。番組の制作姿

勢や方法のなかに少しずつ蓄積されたものが噴出したものである。

 その根拠は2つある。ひとつは、「納豆ダイエット」の捏造を行ったディレクターは、「あるある」のアシスタントとして出発し、ディレクターとなり、チーフに昇格している。もちろん他の番組をやることもあったが、彼のホームグランドは「あるある」だった。つまり、彼のテレビ作法はこの番組で培われたものである。「納豆」は彼にとって最初の捏造ではない。不適切な番組づくりは「あるある」の方法論の中にあったのである。

 二つ、彼が所属するアジト以外の制作会社の担当回にも捏造などの例が発見されていること。チームのなかで、やってはいけないことのバリアが少しずつ下げられていたのである。おそらく少しずつ、時間をかけてゆっくりと。だから気に留める人がいなかったのだ。

 不思議なことに、この内実にもかかわらず、「あるある」は「うまく行っている」と誰もが信じきっていた。特に局の上層部は。そのメカニズムは報告書の中で詳しく述べられている。「視聴率がとれていること」と「スポンサーが満足していること」という2つの認識がその理由であった。

(3)   テレビは<関係性>で成り立っているのだが、テレビ局もテレビ関係者も

それ(関係づくり)が不得意であった。近年の不祥事はその噴出に他ならない。

NHKに対する先日の判決は政治との<関係性>の欠陥だし、コマーシャルを放送

しなかった事件やNTVの視聴率操作事件はマーケットとの不幸な関係を露呈し

たものだ。「あるある」事件は、科学(あるいは科学者)とメディアの歪んだ関

係や、テレビ局と制作のプロである制作会社のいびつな関係、さらに視聴者との

なれあいの関係を露呈した。

 <関係性>こそがテレビと社会をつなぐ回路であり、そこができてないというのは、コミュニケーション産業としては落第を意味する。多くのテレビ番組の幼稚さは、大人になってないテレビ関係者の社会的未成熟を示すものに他ならない。

(4)今回の報告書は、「経営にきびしく、「まじめに日夜努力している制作者たちにはむしろエールを送る」というのが基本的な考え方である。来週には関西テレビのホームページで全文公開されるはずだ。どうか、よく読んで欲しい。新聞のように誤読しないで欲しいと心から願っている。

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コメント

情報汚染…考えさせられます。ポストモダンが共有されていない、わたしは地理業界の先生方と話していてもポストモダン言説を理解していただける先生は少なくて拒否反応のほうが多い。ましてや職場ではほとんど通じません。フーコーを読んでいる同僚は2人だけでした。残念!

投稿: こん | 2007年3月26日 (月) 08時46分

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