« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

2007年3月29日 (木)

「星の林に月の舟」

3月27日、早朝に起きて朝日朝刊に掲載されていることを確認してまた寝直す。

夕方、関西テレビが報告書を総務省近畿通信局へ提出したはずだが、連絡はないまま19時に大阪で社長記者会見。独自見解にこだわり、会見は失敗だったらしい。新聞社から報告書と概要をバイク便で届けてもらい読む。4社からコメントを求められたが、届けてくれた社のみ応ずる。関西版にのみ掲載されるとのこと。

                                                         

3月28日、朝、関西テレビからおわびと報告書がメールで届く。取材の電話相次ぐ。やっと終わったと思っていたのに、ふたたび引き戻された感じ。

気分を変えたくて、実相寺夫人から送っていだいた「星の林に月の舟」を再読する。以前は笑って読んだが、実相寺昭雄が逝ってしまった今はすらすらと読めない。どうしても行の間を思ってしまう。同じ演出部から私は報道局へ、彼は映画部へ別れのときでもあった。書名は柿本人麻呂の句から採ったもの。主役の一人として登場する円谷一監督は私が3年程ついた直接の師匠でもあった。さまざまな想い出がある。

 夜22時、関西テレビの訂正放送が放送されたが、気がついたら時間を過ぎていた。あえて見なかったと気分的には言ってもいいだろう。

| | コメント (1)

2007年3月26日 (月)

放送法の問題3月25日 18時から関西テレビの「検証番組」のコメント収録。あまり気のりはしなかったのだが、報告書に「検証番組を速やかに」と書いた責任から協力することとした。

3月25日 18時から関西テレビの「検証番組」のコメント収録。あまり気のりはしなかったのだが、報告書に「検証番組を速やかに」と書いた責任から協力することとした。

駒澤大学のそばの貸し会議室の一室で収録。

朝日新聞からインタビュー原稿をFAXで受け取り、電話して一部修正してもらう。27日朝刊掲載予定とのこと。しかし、まだ改定の可能性あり、おそらくデスクの指示だろうが。

久し振りに、豪徳寺の寿司「一」でひとりゆっくり夕食。帰宅後、BSのモジリアニの番組を見る。そういえば、ダビンチの「受胎告知」を見に行かなければと思い出す。

「あるある」続き

(5)今回の議論の焦点のひとつは、関西テレビは放送法に違反したのか?という問題だった。この部分で最後の方の数日をかけた。

放送法はザル法といわれている。その欠陥の第一は放送とは「…電波を不特定多数へ発信すること」という定義。ここにはハード的視点はあっても「コミュニケーション」という概念が欠落している。「放送」はジャン・ダルシーが言うように人間の基本的人権のひとつである「コミュニケーションする権利」をもとにして構築されるべき社会的システムなのだ。このことが、放送の公共性を曖昧にしてきた理由のひとつである。「公共放送」の私物化を許してきたと言ってもよい。

 第二に、放送という社会的システムが放送事業者のみで構成されていた時代の産物であること。放送は現在では、制作事業、流通事業、放送事業の3事業者で構成されているのだが、その視点は欠落したままである。第三に、と挙げていけばきりがない。問題の根本は、放送を国民のコミュニケーションのためのツールと考える視点からの新たな立法が必要なのである。それを置いておいて、論ずるのはややしんどかった。しかも、「報道」の定義も「事実」の定義も、「まげること」の定義も定かでないところで議論しなければらないのだから。

 結論は報告書に書いた通りである。私も異議はまったくない。根本的な問題は留保しながら、ではあるが。

| | コメント (2)

2007年3月25日 (日)

情報汚染jと<関係性>

3月24日、朝刊各紙を読んだ。順不同で、朝日、毎日、読売、東京、日経、産経の6紙。想像はしていたが、いまどきの新聞記者の取材レベルがよくわかった。それぞれの欠陥指摘をいずれ書きたい。明らかに報告書全文を読まずに批判している「識者」も散見された。

 16時、渋谷で朝日新聞の取材を受ける。いずれ近日中に掲載されるだろう。

19時、帰宅してサッカー、対ペルー戦テレビ中継を見る。中村俊輔、高原ら海外組みの活躍で2-0の勝利。

 久々に、記者たちの電話や委員会のメールの洪水から解放され、静かな時間が戻ってきた。何もする気が起きず、今日から始まったテレビマンユニオンの第三次試験も不参加とさせてもらった。

昨日の発表だから、いまだ総括する段階ではないが、私の個人的な感想を記したい。委員会で表明した意見ではあるが、あくまでも私個人の見解である。

(1)   この問題は、単純な「捏造事件」ではない。

多くの新聞報道のように「捏造事件」と近視眼的にとらえると、問題の所在を見誤る恐れがある。「捏造だ」「いや、捏造とまではいえない」という水掛け論に陥り、証拠の問題となり、結局は裁判で結着をつけるという不毛な結末となるだろう。

この事件は、捏造などが複合して生まれた「情報汚染」としてとらえるべきだと私は考えた。 

ある科学者はいみじくも言った。「『あるある』取材班は自分たちのストーリーを持っていて結論を言わせようとした。事件発覚後来た新聞記者は、捏造というストーリーを持っていて、その言葉を言わせようとした。私にとって、『あるある』取材班も新聞記者たちも求める言葉こそ正反対に違うだけで、あらかじめ結論を持っているという取材方法は同じだ」と。彼は具体的に社名も記者名も言ったのだがここでは書かない。

 調査のなかで私たちも、二つの捏造記事を発見している。そのひとつは、当事者へ取材もしていなかった。記者たちの「捏造件数」への異常な執着の背後には「事実信仰」があるのではないだろうか。「事実」とはなにか?事実は存在するのか?ロラン・バルトや先ごろ逝去したボードリヤールなどが提起したこの疑問が実存主義を吹き飛ばし、構造主義から脱構築へ至る現代思想を形成しはじめて40年になろうとしているのに、50年前の規範を背負ったままのこの国のジャーナリズムの現状である。

(2)   この事件は、ひとりの制作者が偶然起こした事件ではない。番組の制作姿

勢や方法のなかに少しずつ蓄積されたものが噴出したものである。

 その根拠は2つある。ひとつは、「納豆ダイエット」の捏造を行ったディレクターは、「あるある」のアシスタントとして出発し、ディレクターとなり、チーフに昇格している。もちろん他の番組をやることもあったが、彼のホームグランドは「あるある」だった。つまり、彼のテレビ作法はこの番組で培われたものである。「納豆」は彼にとって最初の捏造ではない。不適切な番組づくりは「あるある」の方法論の中にあったのである。

 二つ、彼が所属するアジト以外の制作会社の担当回にも捏造などの例が発見されていること。チームのなかで、やってはいけないことのバリアが少しずつ下げられていたのである。おそらく少しずつ、時間をかけてゆっくりと。だから気に留める人がいなかったのだ。

 不思議なことに、この内実にもかかわらず、「あるある」は「うまく行っている」と誰もが信じきっていた。特に局の上層部は。そのメカニズムは報告書の中で詳しく述べられている。「視聴率がとれていること」と「スポンサーが満足していること」という2つの認識がその理由であった。

(3)   テレビは<関係性>で成り立っているのだが、テレビ局もテレビ関係者も

それ(関係づくり)が不得意であった。近年の不祥事はその噴出に他ならない。

NHKに対する先日の判決は政治との<関係性>の欠陥だし、コマーシャルを放送

しなかった事件やNTVの視聴率操作事件はマーケットとの不幸な関係を露呈し

たものだ。「あるある」事件は、科学(あるいは科学者)とメディアの歪んだ関

係や、テレビ局と制作のプロである制作会社のいびつな関係、さらに視聴者との

なれあいの関係を露呈した。

 <関係性>こそがテレビと社会をつなぐ回路であり、そこができてないというのは、コミュニケーション産業としては落第を意味する。多くのテレビ番組の幼稚さは、大人になってないテレビ関係者の社会的未成熟を示すものに他ならない。

(4)今回の報告書は、「経営にきびしく、「まじめに日夜努力している制作者たちにはむしろエールを送る」というのが基本的な考え方である。来週には関西テレビのホームページで全文公開されるはずだ。どうか、よく読んで欲しい。新聞のように誤読しないで欲しいと心から願っている。

| | コメント (1)

2007年3月24日 (土)

今日からブログ復活!

3月21日 「あるある」問題の調査委員会の仕事のため。しばらくブログ更新を休んでいたが、報告書作成作業が一段落したので、今日からブログ復活(のつもりが、24日のアップとなった)

3月22日  明日の記者発表を控えて、13時から報告書の最終チェック。15時30分、作業を一時抜けてホテルニューオータニで開催された文化庁の第57回「芸術選奨」贈賞式に参加。実は放送部門の選考委員を今年も務めていた。

放送部門の大臣賞は脚本家の井上由美子さん、ここ数年の目覚しい活躍の実績の上に、昨年度はNHKで放送した「マチベン」シリーズなどが評価された。新人賞は中京テレビの報道ディレクター・大脇三千代さん。「消えた産声」などのドキュメンタリーでみせた調査報道が評価された。期せずして入賞者が女性ふたりだったことは、放送分野での女性パワーの増大を象徴するものとなった。座長としてとりまとめに苦労した私としては嬉しい限りだ。

 授賞式では、音楽部門大臣賞の森山良子さんが受賞の言葉に代え「涙そうそう」を歌う。思いもかけず生で聞くことができ、感動した。涙が出そうになった。大脇さんを囲んで、選考委員の杉田成道、鶴橋康夫、竹山洋、斎明寺以玖子氏らとしばし歓談。映画部門の根岸吉太郎氏や「フラガール」の李相日氏らに挨拶したかったのだが、時間がなく、レセプションを途中で失礼して作業場へ急ぎ戻る。さまざまな直しが出て、17時印刷入稿の約束が大幅に遅れる。23時頃、失礼して先に帰宅。事務所のスタッフたちは固有名詞の変換などの作業で結局夜を徹し、12時間遅れ、朝5時の入稿となったらしい。

3月23日、13時から報告書に添付する「概要」原稿の検討。音氏の原案を元に、鈴木、吉岡氏の改定を経て、熊崎委員長の意見を聞きつつ変更を加える。14時30分ようやくまとまり印刷へ、15時タクシーで会場の恵比寿ウエスティンホテルへかけつける。15時半、委員長から関西テレビ千草社長へ報告書を渡すセレモニーが報道陣へ公開された。16時から記者会見、150人ほどの記者たちが参加。ほかにテレビカメラ全局の中継陣、合計180人ほど盛況だった。

 会見は、熊崎委員長の簡にして要を得た説明でテンポよく進み、質問には5人の委員全員と小委員会の猪狩委員長の6人で答えた。予定をややオーバーし17時30分に終了。最後は珍しいことに拍手が起こった。不祥事の調査報告なのにあの拍手は何だったのだろうか?

 終了後、委員全員と弁護士事務所のスタッフで軽く乾杯、話がはずんだ。思えば長い7週間だったが、テレビのありよう、テレビ局や制作会社のありようなどに多くの教訓を得たような気がする。総括する段階ではないが、私の個人的な感想を徐々に記したい。

 明日の朝刊、各紙の記者たちが報告書をどこまで読み込んでいるかの勝負が楽しみだ。

| | コメント (1)

2007年3月 7日 (水)

一時お休みのお知らせ

3月7日、「あるある」調査委員会の討議が連日となり、資料解読作業もあるので、ブログを更新する時間がとれません。また、毎日考えていることが現段階では公表できないことが多く、悩んだ結果、報告書完了までブログを一時お休みすることにしました。事情ご了解いただければ幸いです。

報告書は、19日または20日に完成し公表する予定です。その後で、今回の仕事のなかで改めて考えたことなどを順次書きながら復活させたいと思っています。再開は(順調にいけば)3月21日の予定です。 村木良彦

| | コメント (0)

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »