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2007年1月24日 (水)

「燈燈無尽ヒロシマを伝えたい」

1月23日、昨年の民放連連盟賞ラジオ部門で優秀賞をとった2作品のCDを借りて聴いた。日経ラジオの「イ・ヒア ショパンの調べ」と、中国放送の「燈燈無尽 ヒロシマを伝えたい」である。「イ・ヒア…」は放送文化大賞のラジオ部門グランプリ作品にも選ばれている。二本指の韓国人ピアニストが母親と共に障害を克服する物語。在日3世の女性と中国からの女子留学生のメールのやりとりを軸にして、ピアニストのショパンの響く。面白い構成と音の良さが心に残るが、ややわかりにくさが残った。

 「燈燈無尽」とはローソクが燃え尽きる前に別のローソクへ火を移して無限に続けるという意味。母の胎内で被爆した原爆小頭症の患者と家族。ひっそり暮らす人たちを女優の舞台「父と暮らせば」の斉藤とも子さんが訪ねる。その交流を描いて感動的。録音の生々しい臨場感に引きつけられた。すぐれた作品だと思うが、日本人の<原爆観>をえぐる鋭さはいまひとつ。

1月24日、11時、テレビマンユニオンへ。実は今年も新人募集プロジェクトに昨年に続いて参加している。既に2回ほど会議はあったのだが、スケジュールがあわず、今日が初参加。募集要領のキャッチコピーなどを決めて13時過ぎ散会。浦谷副社長の部屋に寄り、「あるある…」問題について若干の意見交換、夕方、帰宅してレポートと試験答案の山に取り組んで採点。夜、流石に飽きて、「報道ステーション」「NEWS23」を見て、山形国際ドキュメンタリー映画祭事務局がまとめた作家インタビュー「ドキュメンタリー映画は語る」を読む。

 

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2007年1月21日 (日)

メアリー・パレヴスキー女史来日

1月17日、「メディア環境論」の試験立会い。帰宅後、自宅の近所で散髪、スーパーで食料の買出し。「TIME」、「東京人」などの購読雑誌と送っていただいた「熱風」(スタジオジプリ)、「グラフィケーション」(富士ゼロックス)、「TIMESPECE」(KDDI)などをぱらぱらと読む。

1月18日、日大芸術学部で「テレビ演出論」の今期最終回。レポート提出の締め切り日、課題は「わたしの演出論」。受講70名ほどのレポートを受け取って帰る。

1月20日、5年半ほど前にNHKで演出したドキュメンタリー「トリニティの記憶」の出演者・メアリー・パレヴスキー女史が来日、オーラル・ヒストリー学会のセミナーに招待されたとのこと。品川のセミナー会場へ行き久闊を叙する。旦那のジョセフも同行。夫妻とセミナーの司会も勤めた吉田かよ子教授や境真理子さんと一緒に夕食。アメリカロケの思い出話は尽きないが、楽しい会食であった。ネバダ実験場周辺のヒアリング・プロジェクトを継続しているらしい。明日から広島、長崎へまわるとのこと。夫妻をホテルへ送ってから吉田、境氏とアンナ・ミラーズでコーヒータイム。セミナーは大成功だったらしい。

1月21日、朝日新聞一面トップで「あるある大辞典」の納豆ダイエット捏造が報じられる。フジテレビ系の看板番組。関西テレビ制作、制作会社は日本テレワーク、さらに孫受けされていたらしい。

 一日中、学生のレポートと向き合い採点で明け暮れる。21時、グーグルを取材したNHKスペシャルを見る。

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メアリー・パレヴスキー女史

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2007年1月18日 (木)

森達也氏と対談

1月12日、16時から森達也氏と「放送レポート」誌の対談。四谷三丁目のメディア総研の事務所に行く。初訪問、そういえば「放送レポート」もしばらく見てない。森達也氏の対談は1年以上連載だそうだが一度も読んだことがない。対談前にまとめて読もうと思ってはいたのだが実行できなかった。結局、ぶっつけ本番となる。恐縮至極。

 対談は、履歴調書に似たスタート、あっと言う間に時間が過ぎた感。私の軌跡を問われるままに喋っているうちにタイムアップ。森氏が夜は用事があるというので、ぶらぶら銀座へ出て本屋を眺めた後おおくら会でひとり飲む。23時30分頃、タクシーで帰宅。

1月15日、14時50分から「国際報道論」16時30分から「報道表現演習」のいずれも最終授業。前者は、30分ほど「報道」の総まとめを。校舎は課題レポートを受け取って無事終了。大学のバスで帰宅へ。家の近辺は今日から「世田谷ぼろ市」で賑わい。400年の伝統を持つ地域行事だがここ何年かは行ってない。今年も寒いので見物はパスして帰宅。

NHKハイビジョンでグレゴリー・コルベールの「ASHES AND SNOW」の紹介番組を見る。紹介ではなく作品そのものを見せてほしかったが、自然と人間を凝視するユニークな映像感覚には刺激を受けた。深夜、レポートや修士論文の山を前に、どうしても読み始める気にならず、いろんな人からの年賀状をゆっくり読む。

1月16日、14時、渋谷の喫茶店で朝日新聞の川本氏と雑談。テレビの歴史のなかの活躍した人、している人などについての私見を述べる。連載企画の参考らしいが、テレビ史の総覧にも似て3時間半に及んだ。帰路、渋谷紀伊国屋書店で探し物をするが見当たらずバスで帰宅。深夜までレポートの採点をする。途中、NHKハイビジョンで山下りんのスペシャル番組90分を見る。山下りんはかねてから興味を持っていて、サンクトペテルブルグまで行ったくらいだ。何年か前に、展覧会を千葉市の美術館で見た。番組は悠長な始まりでスローテンポであったが、当時のりんと同じ年齢でイコンを学ぶロシア人画学生を起用した新鮮さと美しい風景につられて最後まで見た。前作の吉永小百合出演の時よりは面白かった。最後の方が急ぎすぎになってしまったのが残念。ロシア皇太子事件で明治天皇が神戸まで謝りに行ったことなども入れてよかったのでは。晩年のりんへの想像力がやや不足なのでは、と思った。しかし丁寧に作られた作品であった。りんが書いたイコンが日本に1000余も残存しているのは驚き。

1月17日、「メディア環境論」の試験立会い。帰宅後、自宅の近所で散髪、スーパーで食料の買出し。「TIME」、「東京人」などの購読雑誌と送っていただいた「熱風」(スタジオジプリ)、「グラフィケーション」(富士ゼロックス)、「TIMESPECE」(KDDI)などをぱらぱらと読む。穏やかな、しかし寒い一日であった。

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2007年1月11日 (木)

主観・中庸・明晰

1月9日、今日から大学の授業再開。といっても1週間だけですぐ後期試験になるから授業は1回だけとなる。

 今日は「総合学習」の最終回。山口放送制作の「ふたりの桃源郷」を見る。04年度の「地方の時代」映像祭の入賞作品だ。電気も水道もない山奥の小屋で暮らす老夫婦を13年にわたって取材した。人間の幸せとはなにか?をしみじみ感じさせる秀作である。この年、学生たちがベストワンに選んだのはこの作品だった。

 大学院生の修士論文の指導ふたつ、どちらもアジアからの留学生だが、こちらは極めて難しい。今週末の提出だからほとんど書き直す時間がない。ただ嘆息するのみ。

1月10日、「メディア環境論」と大学院の授業。「ダーウィンの悪夢」と「エンロン」について喋っているうちに時間となった。研究室の整理をしてから帰途につく。夕食は久し振りに豪徳寺の寿司屋へ寄った。12日に森達也氏との対談があるのを思い出し、帰宅して森氏から送ってもらった「ドキュメンタリーは嘘をつく」を読む。ふと気がついたら午前4時を過ぎていた。あわてて本を閉じてベッドへもぐりこむ。

1月11日、所沢の日大芸術学部で「テレビ論」の授業。近代ジャーナリズムが生み出した報道理念「客観、中立、公正」が崩壊したいま、<報道>の規範を何に求めるか、について私見を述べる。

第一、   人に伝えるためには<表現>しなければならない。文字であれ、言葉で

あれ、映像であれ、表現のない伝達はありえない。表現は極めて<私的なもの>

である。100人いれば100通りの<表現>がある。<私性そのもの>といっ

ていい。つまり、「客観報道」とはたてまえにすぎない。神の視点というありえ

ない幻想を拠点にするナンセンス。主観報道こそが「報道」でなければならな

い。「私はこう見た、こう考える」を抜きにした報道はありえないのだ。

第二の「中立」。森達也が指摘しているように、中立を決めるためには両端の位置を測定しなければなるまい。だれが、どうやって測定できるのか?両論併記の無責任さ。Aの反対はBとは限らない、CかもしれないしD…かもしれない。世界のすべてのものごとが単純な二者択一で語られるとは限らない。むしろ逆だ。

私は「中立」ではなく、「中庸」を提起する。

アリストテレスは、極大と極小とのあいだに理性的な中間点を見つけたならば、それは次元を超えると「徳論」で述べている。アリスとテレスの思想にとって「中庸」は中核的な概念であった。「勇気」という言葉による概念は、「怯懦」と「粗暴」の中間である。しかし、「勇気」は「怯懦」「粗暴」とはまったく別次元の領域にある。このようなものを「中庸」というのである。

第三の「公正」に代わるものとしては「明晰」を提示したい。

途中を省略するが、「客観、中立、公正」に変わる新しい報道の理念は、「主観、中庸、明晰」なのではないか。

 帰路、朝食にご飯を炊いたのを思い出し、近所のお惣菜屋でおかずを買って帰る。ぶり大根、とりレバー煮付け、モツ煮込み、かぼちゃ甘辛煮、ほうれん草ごま和え、野菜サラダ、6品少しづつに豆腐の味噌汁、豪華にして簡易な夕食。786円、昨夜の十分の一の値段であった。テレビをやめて読書、永井均「西田幾多郎、<絶対無>とは何か」を読む。これこそ「明晰な思考」と呼ぶべきものだろう。「場所の哲学」についての極めてわかりやすい解説書だった。

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2007年1月 7日 (日)

グランプリ作品の再放送

1月7日、 昨年のグランプリ作品「ひとり 団地の一室で」の再放送が1月12日(金)夜10時からNHK第一チャンネルに決まった。首都圏大規模団地に続発してきた「孤独死」をテーマにしたもの。昨秋の予定が北朝鮮の核実験特番のため延期され、やっと実現した。

 実は、テレビ埼玉で昨年暮に毎日、午後7時から入賞作品を1週間にわたって再放送した。ゴールデンアワーのど真ん中に秀作群が毎日放送された。ここ4年続いた快挙であるが、残念ながらTBS系列の作品だけは、キー局TBSの不承認で除外された。NHKも他の民放キー局は何等問題なく承知したのに、TBSだけは同じエリアで競合するからという理由でNOであった。しかしTBSで再放送する予定はまったくない。地方局の制作者たちはむしろ喜んでいるのに、キー局の横暴であろう。いまどき、TBS編成部の狭量さはあきれ果てるものがあり、最近の「志」の喪失には衰亡の兆しさえ感じる。経営者の猛省を望みたい。

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2007年1月 6日 (土)

ドキュメンタリー「エンロン」

1月4日、遅い朝食をとりながらNHKテレビで岡田茉莉子さんのインタビュー番組を見た。

シネフィルでクルドの映画「キロメートルゼロ」。カメラワークが砂漠の状況をゆったりととらえていて、なかなか良かった。

1月5日、夕方から渋谷ユーロスペースでアレックス・ギブニーのドキュメンタリー映画「エンロン・巨大企業はいかにして崩壊したのか?」を見る。ギブニーはブルース100年の記念映画、ヴィム・ヴェンダース監督「ソウル・オブ・マン」のプロデューサーでもあった。アカデミーでもノミネートされたが、期待を裏切らぬ力作だ。

 売り上げ13兆円の巨大企業エンロンが01年12月に倒産した。その急成長から倒産までのドラマチックな人間模様を、CEOら経営の中枢3人の証言を中心にして描いた衝撃的なドキュメンタリーである。

 カリフォルニアの停電騒ぎの内幕、ブッシュの親友、市場絶対の神話を妄信したディーラーたち、調査もせず経営者の言葉を記事に垂れ流した業界記者やアナリストたち、驚くような多国籍企業の内情、金のために魂を失った人々の実情が暴露される。

 皮肉なことに、エンロンのCMコピーは「Ask Why(常に疑問を)」であり、倒産の最大の原因は神話への疑いのなさであった。

 「公共放送」や「視聴率」「ジャーナリズム」などの神話に呪縛されたNHKや民放テレビの経営者たちは必見のドキュメンタリー。

去年最後に見た映画が「ダーウィンの悪夢」、今年最初が「エンロン」、このふたつはどこかでつながっていると考えながら、帰路に刺身を買って白ワインで夕食。

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2007年1月 1日 (月)

謹賀新年

新年おめでとうございます。                                       

 昨年春、かわさき市民アカデミーで講座「テレドキュメンタリーの<現在>」90分×13回を担当しました。

 夏、ハンガリー動乱50周年のブダペストを逍遥。

 秋、川越最後の開催となった第26回「地方の時代」映像祭を盛会裡に終えました。今年から新たな場所へ移転して継続します。

 冬、能登の西田記念哲学館を訪ね、荒海を眺めながら、西田幾多郎の親友であった祖父を偲びました。

 今年も、元気・気儘に生きたいと思っています。この5年間の大学と大学院での講義をベースに、テレビメディア+ドキュメンタリー論をまとめます。

 倍旧のご厚誼をどうぞよろしくお願い致します。

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