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2006年11月14日 (火)

「葬送の海」(南海放送制作)

11月14日、朝久し振りにオルタスジャパンの星野ディレクターから電話。クリーニング店に寄ってから東京国際大学へ。途中、川越駅でそばの昼食。

1450分から「総合講座」の授業。毎回、地方局制作のドキュメンタリーをフルに見て、私が若干の解説をする形式で、学生だけではなく広く市民にも公開されている。今日は南海放送制作の「葬送の海」70分、1954年31日のビキニ環礁におけるアメリカの水爆「ブラボー」実験で日本の第五福竜丸が被爆した事件を扱った重いドキュメンタリーである。  

この時被爆したのは第五福竜丸だけではなかった。900を越えるマグロ漁船が被爆、その三分の一は四国からの出港であった。膨大な量のマグロなどが破棄された。乗組員の大多数は被爆の後遺症で亡くなっている。彼らは被爆手帳も持たず、アメリカから支払われた筈の補償金も受け取っていない人が多い。許容量100に対し、何千何万とガイガー検査機が示したのに、放射能検査は何故かある日打ち切られた。「人体に大きな影響はない」という厚生省発表と共に。これらの知られざる実体を調査する人たちがいる。番組は同行しながら、時には独自の調査報道で、恐ろしい現実を突きつけた。04年「地方の時代」映像祭のグランプリ受賞作品「わしも゛死の海゛におった」の続編である。

ここでは、さらに衝撃的な事実が語られる。長崎で被爆した青年が、高知に移り住み、マグロ漁船に乗り込んでビキニで被爆した。青年は絶望して自殺する。原爆と水爆の両方の被爆体験を持ったひとがいたことが信じられない。13人ぐらいいるらしい。

大西プロデューサーと伊東ディレクターの長期の粘り強い取材に感服する。

一方、原水爆禁止の運動は、分裂して醜い主導権争い。毎年ふたつの大会が開かれていた。しかし17年後、決定的な転回点を迎える。被爆したマーシャル群島の人たちが参加したのだ。「唯一の被爆国日本」という思い込みが崩れた瞬間だった。

2001年にNHKで放送したドキュメンタリー「トリニティの記憶」の取材時に出会った被爆した先住民の人たちのことなどを交えて話をしたがあっという間に時間になってしまった。

帰路、家の近所で自転車を買い換え、新しい自転車に乗って帰宅。久し振りに乗ったが、運動神経の衰えをさらに感じた。注意せねば。サッカー日韓戦を見る。1-1の引き分け。夕食後、オールドパーの水割りを飲みながら明日の講義の下準備を少し。

      

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コメント

昨日、教育基本法「改正」案が特別委員会で強行採決。その様子を衆議院議員面会所の国会内中継で見る。教基法は平和宣言でもある、その教基法を変えて何をやりたいのか?衣の下に鎧が見える。拉致問題と絡めて、放送命令をだすやり方と構造は同じです。

投稿: こん | 2006年11月16日 (木) 08時04分

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