« 鶴見和子さんを偲ぶ会 | トップページ | 実相寺昭雄くん逝去。 »

2006年11月27日 (月)

金沢・西田記念哲学館

11月24日、金沢から七尾線で宇野気へ、駅から歩いて15分ほど、小高い丘の上に立つ「西田記念哲学館」へ行く。宇野気村(現かほく市)は西田幾多郎の生地である。西田幾多郎と鈴木大拙の二人は、肝胆相照らす親友だった。共に20世紀の精神界にそそり立つ巨人である。世界に最もよく知られた二人の日本人だ。

大拙は授業料の滞納で、西田は成績優秀だが教師に反逆して素行不良と判定され、共に旧制四高を退学。明治時代に整備された学問エリート体系から外れた。大拙は、南方熊楠同様、海外へ渡り独学で世界的な業績を残し、西田は東京帝大で学ぶも高校卒の資格がないため「予科」扱いで就職もままならず、卒業後一時は七尾の中学で教えた。ようやく四高の講師になれたのは明治29年であった。32年教授へ。42年、学習院へ移るまでの約10年、四高教授であった。

この時、私の祖父が四高教授で、同僚だった。西田の金沢時代の日記を読むと、祖父がしばしば登場する。相当親しかったらしい。祖父が直接私に話すことはなかったが、後年に父からよく聞かされていた。そんな訳で十年ぐらい前から、西田と大拙の著書を少しづつではあるが読み始めている。いずれ「ふたりの日本人」のドキュメンタリーをつくりたいと思い始めたところだ。

哲学館は安藤忠雄の設計、小ぶりながら瀟洒な建物である。ただ、最上階の展望台のメインの2方向からは海が見えない。海は裏側、エレベーターの前の方向である。西田は、毎日のように海を見つめていたはずだが……。2階のカフェの正面に排気塔が景観を邪魔しているなど、この設計には疑問が多い。しかし、哲学の名前をつけたミュージアムは世界でも珍しい。展示はやや寂しいが、哲学の展示という難しい課題に果敢に挑戦した面白い工夫も見られた。特に、昭和15年、西田70歳夕時の対談テープ「創造への道」が聞けるのは抜群。全体主義の恐ろしさを語っている。

暮れの階段状アプローチや思索の道などで眼下に宇野気の町を見ながらしばし逍遥。気分だけは豊かな時間を過ごした、駅の反対側には京都から移した書斎や生家もある。ふたたび七尾線の鈍行に乗り、館で見つけた「思想のレクイエム」を読むうちに金沢駅へ着いた。

11月25日、午前中に旧四高の赤レンガの建物が保存されている「石川近代文学館」と、話題の「21世紀美術館」へ行く。近代文学館の旧四高関連展示のなかに、遂にわが祖父と西田幾多郎が一緒に写っている写真を発見した。明治後期の教員室である。10名ほどの人物ひとりひとりに説明があり、西田の隣に祖父・村木惟夫の名前も明記されていた。

 その教官室の背景の壁に古い柱時計が映っているが、その時計の実物がなんと保存されていた。しかも写真の隣に。私はしばし呆然と佇んだ。まるで、写真から飛び出してきたような古時計に強い歴史のアクチュアリティを感じた。

 21世紀美術館は空間設計が見事だ。魯山人展を見て、13時から地場産業振興センターホールで始まった「北陸制作者フォーラム」へ出席。ミニ番組コンテストの審査委員を務める。参加は、石川、富山、福井、新潟、長野の5県からテレビラジオ合わせて23番組。5分以内とはいえ、プレゼンテーション、質疑応答があるので4時間を越える。かなりのハードワークである。

 全体としては制作者が何をしたかったのかわからないものが多く、刺激的な作品は残念ながらなかった。私のベストワンは、NHK新潟の「磨きの技を売りこめ」、結果として3人の審査委員の合計点で最多得点、グランプリに輝いた。ほかに石川テレビの「親子で酪農」。富山テレビの「真夏の夜の夢を貸し切り」、北日本放送の「土器づくりと野菜づくりの収穫」、福井放送の「高須城物語」などの出来が良かった。懇親パーティで発表と贈賞、多くの若手制作者と会った。

11月26日、10時から北陸制作者フォーラム第2日に出席。午前中は「水曜どうでしょう」の藤村忠寿プロデューサー、嬉野雅道ディレクター。地域局唯一の人気番組誕生と成功の裏話を、長野朝日放送の金子アナの巧みな引き出しもあって刺激的あるいは挑発的な時間であった。

 午後は、朝日放送の石高健次氏、フジテレビの横山隆晴氏、NHKの佐藤稔彦氏、3氏による体験的ドキュメンタリー論。司会は石川テレビの赤井朱美氏。

拉致問題に最初に取り組んだテレビジャーナリスト石高氏と、「桜の花の咲く頃に」で第一回放送文化大賞を獲得、ドキュメンタリーの概念にこだわらず面白さを追求する横山氏、対照的な2人の話が意外に噛み合って、会場の若い制作者たちを圧倒した感。

「ローカルのチカラ」のテーマで開催されたこのフォーラムは意義深い試みで、成功だったと思うが、終了後、挨拶もそこそこに大急ぎ、タクシーで小松空港へ。飛行機は満席だった。放送文化基金の成田専務理事らとビールで乾杯して機内へ。

|

« 鶴見和子さんを偲ぶ会 | トップページ | 実相寺昭雄くん逝去。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 鶴見和子さんを偲ぶ会 | トップページ | 実相寺昭雄くん逝去。 »