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2006年10月 5日 (木)

「地方の時代」映像祭(3)

 今年は、放送局部門入賞作のレベルが高かったが、市民・自治体・CATV部門の作品にも力作が多かった。市民では、立命館アジア太平洋大学の市岡康子ぜみの学生たちがつくった「信仰の灯し火 古要舞・現代に生きる神と人のかたち」が優秀賞に、中央大学・松野ゼミの学生たちの制作した「61年目の祈り~青梅に墜落したB29」が奨励賞に入選した。自治体では、三島市役所の「三島の歴史を探る『石油コンビナート進出阻止住民運動』」が優秀賞に、CATVでは「不景気の忘れもの」が奨励賞に入選、また、「余市『竹鶴政孝物語』」がスコットランドロケの美しい映像が目立って審査委員会推賞に選ばれた。

 放送局部門の審査委員会推賞には札幌テレビが盲目の少女を追った「まっすぐに 智華子」と沖縄朝日放送の辺野古の600日の座り込みを追った「海にすわる~辺野古600日の闘い~」の2作品が選ばれた。

 私個人としては、信越放送の「平吉さんの李平」やNHK奈良の「座敷びな」あるいは山陽放送のハンセン病を追ったものなどの作品が選に漏れたことが残念だ。入賞のレベルにある秀作であった。

 ところで入賞作は、9月7日にNHKのなかにある放送記者クラブで発表された。私が説明したのだが、記者たちの反応はほとんどなく、関心は低かった。参加した地方の人たちは待ち望んでいた結果をおそらくインターネットの発表(ほぼ同時刻に行われた)で知っただろう。彼らは翌日の新聞などを待ってはいない。翌朝の新聞にでないことを知っているからだ。案の定、伝えてくれた新聞はほとんどない。地域ドキュメンタリーについての放送担当記者たちの無関心と不勉強は来るところまで来てしまったと私は思う。テレビを駄目にしているのはもちろん制作者にも経営者にも、そして視聴者にもあるが、新聞記者の責任放棄もおおきいのではないか、と思っている。放送記者クラブは一体なんのためにあるのか?放送に関するまともな記事がほとんどないことをどう考えているのか?聞いてみたいところだ。

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