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2006年10月11日 (水)

10月11日・志賀信夫さんの会

10月11日、朝「テレビマンユニオンニュース589号」が届く。特集は私が書いた。「WEB2あるいはパーソナルメディアの時代と都市の記憶」25枚である。

 東京国際大学で「メディア環境論」の講義。デジタル時代の著作権問題について、電子映像の考え方の難しさ。話はそれて、「カサブランカ」の舞台となった「リュックのバー」のモデル「アリゾナ」の跡をブダペストでみてきたことを話す。ついでに、イングリット・バーグマンが必死に守ったのは汎ヨーロッパ運動でナチから追われている男がモデル、この男が逃亡に成功してやがてEC今日のEUをつくるに至ったのであるという話もした。会合のため早めに終了、次の大学院の授業は休講にして、新宿中村屋へ。志賀信夫さんの喜寿のお祝いの会である。指名されて即席の祝詞を述べる。放送批評懇談会の人たちを中心にいろんな人に会った。松前洋一さんと近くメシでも、と約束する。

夜、いただいた「年間テレビベスト作品06年」を読む。第3期第9集となる。誰にもまねできない偉業である。松岡正剛氏の「日本という方法」を読む。情報編集国家・日本という史観が面白い。西田幾多郎の部分が特に。

私の祖父・維夫は旧制四高(金沢)教官の頃、西田と親交があった。岩波書店から出た西田の金沢時代の日記や書簡をみるとしばしば登場する。4年ほど前から西田幾多郎とハイデッガーを少しづつ読み始めたのはそのためでもある。

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