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2006年9月20日 (水)

ブダペスト日記(1)

ブダペスト日記(1)

9月11日

AF279便でパリ経由、ブタペストへ。5年目の9.11の日だったが、無事

20時50分、予定より10分ほど早く着いた。上空から見た夜景がなにやら神

秘的な都市の風貌をうかがわせるようだ。久し振りに長時間の飛行だったが疲れ

はさほど感じなかった。空港でとりあえず換金、5万円は8万7542フロント

だった。手数料205フロント、差し引き8万7千337フロントが手元に。1

00円が175.085フロントということだ。荷物を取ってミニバスでホテル

へ。2300フロント。ミニバスは相乗り方式で、申し込んで待っていると、呼

び出しがある。5~6人が同方向のホテルへということだが、インターコンチネ

ンタルホテルで降りたのは私ひとりだった。飛行機の食事で腹も一杯、ビールを

飲む気にもならず風呂に入ってすぐ寝る。

 

9月12日

朝食はホテルのヴァイキング、テラスからのドナウ川対岸の王宮の眺めがいい。ゆっくり食べて出発、ホテルから歩いて3分のところにくさり橋がある。舌のないライオン像で有名なブダペスト観光の中心だ。350メートルほどの長さを歩いて渡ってケーブルカーに乗る。往復券1300フロント。日射しがやや強いなか、国立美術館へ。入場無料。ムンカーチ・ミハーイなどを見る。

 トレビの泉そっくりのマーチャーシュ王の泉の前を通ってブダペスト歴史博物館へ、エジソンが1900年にブダペストを撮ったという珍しい写真集を見つけ買う。3900FT

 ケーブルカーの反対側へ戻り、国立バレエ劇場の前を過ぎてディース広場へ、このあたりから中世風の雰囲気のある町並みが続く。王妃エリザベートの愛称だったシシィの名をとったレストラン「シシィ」で昼食のつもりだったが、団体客がたてこんで時間がかかるという。やむを得ずビール一杯でしばしの休息。三位一体広場へ向かう。屋根のタイルが美しいマーチューシャ教会を見る。1000年の歴史を持つ教会だ。拝観料750FT。ハンガリー風のすてきな教会だった。漁夫の砦の2階へ上がった。入場料360FT。これは見事な景観、ブダペスト市内はもちろん、マーチューシャ教会のカラフルなジョルナイ陶器のタイル屋根もよく見える。

ヒルトンホテルの前を通ってウイーン門へ。ウイーンへ通じる道だ。このあたりにアメリカへ移る前のトーマス・マンがいたらしい。かつてはユダヤ人街だった。おいしそうなレストランを発見したが時間を考えケーブルカーで戻る。ふたたび、鎖(くさり)橋を歩く。今度はドナウ川もライオンもゆっくり眺める。やや歩き疲れた。夕食はホテルのレストランでステーキとサラダ。テレビのサッカーを観戦して寝る。

 

9月13日

ホテルで朝食後、フォーシーズンホテルを通って聖イシュトヴァーン大聖堂へ。ブダペスト市内をペストの高所から大俯瞰。高所恐怖症でなくとも怖いくらいだ。観覧料750FT、別にテラスへのエレベーター料が400FT。郵便貯金局のカラフルな屋根がここから唯一見ることができる。

降りて郵便貯金局を目指す。今回の旅のひとつの目的である世紀末の建築家レヒネル・エデンの代表作のひとつ。すぐにみつかった。屋根のカラフルなモザイクは下からは見えない。あらかじめ聞いていて良かった。今は国立銀行分室、道理で警備厳重。中へは入れなかった。玄関でガードマンと雑談するふりをしながら内部の壁や天井を見る。

議事堂へ向かう途中にテレビ局があった。MTVである。小さな橋の上のナジ・イムレの銅像、新しい花輪がささげられていた。ソ連軍に処刑されて30年後に遺体が発掘されて丁重に再埋葬された。橋は、独裁体制から民主主義への架け橋を意味するらしい。橋の下にソ連軍の戦車の轍が刻されている。今年はハンガリー動乱50年のメモリアルな年である。50年前の私は大学2年生、20歳の未熟な若者だった。社会主義の幻影をはじめて感じた衝撃的な事件だった。50年目の今年、どうしてもブダペストへ来たかった理由のひとつでもある。いまや伝説の人ナジ・イムレに東洋の島国からきた老人が人知れずひとり敬意を捧げる。ナジの憂い顔が気になりつつ去る。

議事堂前の民俗博物館を見る。ケルテスの写真でみた記憶がある。入場料1000フロント、小学生の団体と一緒になり、大急ぎで見る。展示方法には問題あり。カフェでコーヒーと肉を挟んだパンの昼食。

 地下鉄で工芸美術館へ向かう。やはり、レヒネル・エデンの作品だ。街路樹でみにくいが美しいタイル壁や玄関付近の美観を楽しむ。展示は平板、なにやらイベントの準備で中央の空間はふさがっていて、壮大な空間がフルに見えず残念。おそらくレヒネルは、太陽光の入り方に腐心したはずだ。

 中央市場へ向かう。観光客でいっぱいだ。途中おいしそうなレストラン、カフェが軒並みある通りを通過した。中央市場の屋台に期待して通り過ぎたが、新興のカフェ通りという感じ、惜しかった。中央市場は人がいっぱい。くたびれて食事のことは忘れていた。

 夕食はゆっくりルームサービス(ビール、グノーシュスープ、スパゲッティ、シーザースサラダ、パン)。ハンガリーの伝統的スープ料理というがグノーシュはおいしかった。病み付きになりそうだ。

9月14日

ホテルで朝食後、ドライクリーニングを頼み、9時半出発、今日も町の散策。ホテルのそばのヴィガドーは改築中、ヴェルシュマルティ広場へ。中央に19世紀の詩人ミハーイ・ヴェルシュマルティの大きな大理石像があり、北に老舗のジェルボー(菓子店)がある。ここは王妃エリザベートも常連のひとりだった。コーヒーを飲みたいが先を急ぐ。広場の反対側に小さな噴水。ここからヴァーツィ通りの歩行者天国が始まる。入り口の新聞売り場で日経新聞を見つけて買った。1150FT

ひとつ裏のセルヴィタ通りにあるトルコ銀行は1906年建造、上部のファサードのモザイクが目を引く。マジャール人の守護聖女フンガリエはまるでジャンヌダルクのような凛々しい感じである。

ヴァーツィ通りは、レヒネル・エデンのトーネットハウスの美しいモザイクもあるし、隣の花屋のアールヌーボーも目に付く。左へ曲がってしばらく行くとバーリジ・ウドヴァル(パッサージュ・パーリジ、パリの中庭)と呼ばれるアーケード空間がある。天井、壁、廊下はアールヌーボーだらけ、100年前に入り込んだような気がする。かつては一流店が繁盛したらしいが、いまは閑散としている。小さな書店で昔の写真とビデオを買う。

歩いてシナゴーグへ。ヨーロッパ最大のものだそうだ。入場無料。ここも観光客が多い。ハンガリーはユダヤ人の国でもあった。欧州二番目に多かったが、戦後に生存が確認されたのは10%ぐらいだという。英語のガイドの一団にまぎれて内部を見る。ユダヤ人の多数の墓、嘆きの柳と呼ばれる銀色の柳、薄い葉の一枚一枚の裏に虐殺で殺された死者の名前が刻まれていた。トイレを借りる。

1駅だけ地下鉄に乗ってニューヨーク・カフェを探す。意外にすぐ見つかったので、ビールとサンドウィッチを注文して昼食とする。店内は金一色にけばけばしく、一寸期待はずれだった。しかし、往時を偲びながら静かにひとりでいると、さまざまな思いが去来する。デジカメの電池不足のアラーム、ホテルへいったん帰り充電することとする。地下鉄を降りたら、最初のジェルボーのすぐ前に出口があった。ホテルで「ブダペスト物語」を読みながら休憩。

 

9月15日

ホテルで朝食後、アンドラシー通りへ行くつもりだったが、思い直してトルコ銀行のモザイクの写真を撮り直す。昨日のフレームが気に入らず再撮影。ついでにトーネツトハウスも。パリの中庭を再び見る。向かいにあるクロティルト宮殿、道を挟んで対になっている。1901年~2年の装飾が残っている。3月15日広場を見るつもりが予定変更、地下鉄に乗ってレヒネル・エデンの地質学研究所へ行くことにする。シュタディオノック駅で降りた。球場沿いに行けば簡単と思ったが、道を一本間違えて遂に住人に聞く。やっと到着したら金曜は休みで中は入れない。曜日の感覚を失念していた。やむを得ず、外観だけを記録。さすが「ハンガリーのガウディ」である。ここが一番彼らしいのかもしれない。明日また来ることにして、再び地下鉄、①線に乗り換えてアンドラシー通りへ。オペラ座の前で下車。しばし歩く。

リスト公園に面したカフェBACARDIが賑わっている。人気があるのはおいしいということだろうと思い、たまたま空席を見つけて休息。ビールとシーザースサラダを頼んだ。量は多かったが美味。近くの席に女性の大群、クラス会の流れらしいが賑やかにおしゃべり。

店をでて、いよいよ今日の最大の目的地(と昨夜決めたのだが)、アンドラシー60番地の恐怖の博物館へ。入場料1500FT。入り口に矢十字と星の二つの紋章が並んでいる。矢十字党はナチスと組んで多くの共産党員を虐殺したが、その共産党も多くの虐殺を行った。02年、ひとりの女性プロデューサーの企画から始まった展示だ。象徴的であるが、ここは秘密警察の本部があった場所である。独房には拷問用具も展示。内部は曲がりくねった展示コースに映像と音の入り混じった空間展示が工夫されている。入ってすぐ巨大なソ連軍の戦車と1956年のハンガリー動乱の犠牲者たちの顔写真が3階まで吹き抜けた壁一面に貼ってある。「ブダペスト1956年写真集」と「展示カタログ」、それぞれ英語版があったので買う。

出てきたら、リスト博物館とコダーイ博物館へ寄り、今夜あたりのオペラ座の切符を買うつもりでもあったが、恐怖感の衝撃大きく意欲を失った。ホテルへ帰って休む。今日は食欲なく夕食を抜いた。CNNSKYニュース、どちらもローマ法王の謝罪で持ちきりだ。

ビールを飲んで寝る。(つづく)

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