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2006年4月23日 (日)

4月23日、ようやく日常へ

1週間、放送文化基金の基金賞選考のため、渋谷のホテルにカンヅメだった。

毎日、朝から夜までテレビドラマを見続けた一週間だった。

残念ながら、収穫はほとんどなかった。ドラマ制作者たちはほとんど頭ではなく感情でつく

っているかのようだ。戦後60年記念番組は<記憶>を涙で流すものばかり、マンガのよ

うなドラマ展開、情報優先、テレビドラマは「不毛」の一語に尽きる。

多数決で賞は決めたが、むなしさは残った。

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2006年4月15日 (土)

黒木和雄さんが逝った

4月12日、黒木和雄さんが逝った。作品完成直後だったという。

衝撃大きく、言葉もない。

あのいつも沈着でやさしい顔が思い浮かぶ。思えば、新宿ゴールデン街のキヨの店で会

ったのが最初だった。「あるマラソンランナーの記録」や岩波の「地理シリーズ」は傑作だ

った。マラソンランナーで、君塚選手の吐く息だけでクローズアップで追った数分間や、岩

波の流れるように対象に迫っていくカメラワークは、いままでの映画で見たことのないもの

だった。スポンサーのクレームもあったと聞くが、日本のドキュメンタリーの歴史のなかの

一ページを開くものだった。その後、劇映画に転じたが、独特の個性的な作品群を残し

た。人間を見るまなざしがやさしかった。

最後にお会いしたのは、キヨの通夜の席だった。いつものように静かに呑んでいた。

目をかわして会釈したがそれだけでお互いの胸のうちは十分つたわった。

 4月14日、川崎市民講座始まる。今日から12回にわたってドキュメンタリーの講義を

することとなったのだ。コーディネーターの鷲津力さんがわざわざ車で自宅まで迎えにきて

くれた。聴講生80人、その多さに驚く。この講座のことはいずれちゃんと書くつもりだ。

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2006年4月11日 (火)

4月8日、3回忌をすませました

4月8日、亡妻の3回忌を、広尾のお寺で

家族だけの身内ですませました。

当初、降り始めた雨もあがり、桜はまだでしたが、いい陽気でありました。

2年経つのはあっという間でした。

70代も、さらに一人暮らしも想定外の人生です。

一人生きることの罪悪感のようなものと闘いながら、

仕事の忙しさに救われたような2年でした。

これからは、二倍分の人生を楽しまなければと思っております。

4月10日は、思い起こす1959年、私がTBS(当時はラジオ東京でした)へ入社し、

10日目のこの日、皇太子と美智子妃の結婚パレード中継に新入社員として参加しまし

た。私がテレビとかかわった最初の番組であり、同時に、日本のテレビがテレビになった

記念日でもあります。今年で47年、私のテレビジョン人生も50年に近づいたということで

す。

 大島渚さんではありませんが、「私の体験的テレビ論」のようなものを書き残そうと切に

思う昨今です。今日は既に11日です。更新しようとするとパスワード認証に手間取りまし

た。原因不明ですが、1週間ほどを無駄に過ごしたことになります。

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2006年4月 3日 (月)

4月3日 強い風が吹く日

一日中、強い風が吹いた。

休養の日と決めて終日ぶらぶら。

15時頃かかってきたソウルの金さんからの電話によるとソウルでも強風で寒いという。

放送人の会の「06放送人グランプリ」のノミネート候補者のリストを作らねばならないのだが、締め切り日に殺到したため作業進まず。

テレビで国会中継とNHKハイビジョンスペシャル「ビザンチン帝国」第一回を見る。

宮台真司と神保哲生の激トーク・オンデマンド「ネット社会の未来像」を読む。

東 浩紀ほかの「波状言論S改」と併せて読むといいかもしれない。

 

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2006年4月 1日 (土)

4月1日、ブログを始めました

4月1日、今日からブログを公開します。私にとっての新しい出発の記念日だからです。昨日3月31日付で大学を退職しました。さらに、所属するテレビマンユニオンで「名誉メンバー」となりました。「名誉メンバー」とは、メンバー制をとっているテレビマンユニオンで、70歳に達したメンバーがその年度末をもって移行する制度で、ユニオン風の定年制度といっていいでしょう。ただ、私の場合は代表団から非常勤取締役を委嘱されていますので、株式会社の身分には変更ありません。「名誉メンバー」は現在2人、今日から私ともうひとりが加わって4人となりました。

 私自身は、代表取締役社長をやめた1984年からトゥディ・アンド・トゥモロウを拠点としてきましたし、ここ4年は大学教授としての仕事に専念してきて、テレビマンユニオンとは一定の距離を持ってきましたので、「名誉メンバー」風をもう20余年もしてきたようなものです。さしたる感慨はありませんが、やはり一抹の寂しさを感じないといえば嘘になります。老いを感じるひとときでもあります。

 という訳で、とりあえずなにか新しい表現の場として「ブログ」を選び、ひとりの思考の場にしたいと考えました。モチーフは「メディア環境」としました。メディア自信を取り巻く環境を考えることと、メディア自身の環境化の問題を考えていく予定です。

 とはいうものの勝手気儘の性分は変わりそうになく、かつて80年代の半ばに「T&T通信」に連載した「メディア・プロデューサー日録」の続編のようなものにしたいと思っています。いまの体力・気力から毎日の更新は望めませんが、せめて2~3日に1回は更新するつもりです。

 一昨日の夜、NHK予算案審議の国会の批判、昨日見たエド・マローを描いた映画「GOODNIGHT & GOODLUCK」の欠陥のこと、今読んでいるアンドリー・パーカーの「眼の誕生」(草思社)のスリリングな面白さ、などについても書きたいのですが、とりあえず今日はここまでで公開のご挨拶に代えます。

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